非周期的タイル張りのみ可能なタイルの話

モノタイル

平面のタイル張り(タイル貼り,平面充填,タイリング,テセレーション,tiling,tessellation)とは,タイルと呼ばれる集合の集まりで平面を隙間なく,かつ,タイルの境界を除いて重なりなく被覆することです.タイルとは,シンプルな閉じた曲線である境界を持つトポロジカルディスク(である有界閉集合)を指します.全てのタイルが同じサイズで同じ形状のタイル張りを,「モノヘドラル(monohedral)」と言います.モノヘドラルタイル張りでは裏返したタイルを使うことが許されます.このモノヘドラルタイル張りを形成できるタイルを「モノタイル(monotile)」と呼ぶことにします.

 

タイル張りの周期的・周期性・非周期的とは

非周期的タイル張り(non-periodic tiling)」は,その言葉の組み合わせから「タイル張りが周期的でない(a tiling is no periodic)」と考えると思いますが,そこに使われている「周期的」という用語が一般に考えられている(大学の教養程度までの数学で習った?)内容とタイル張りの研究分野,特に非周期的タイル張りの議論をする場合とで差異があると感じています.そこでまず,そのギャップを埋めるために「周期的」と「周期性」という言葉を使って,タイル張りの「周期」と呼ばれる性質を説明するところから始めたいと思います.

一般に,平面の「タイル張りが周期的である(a tiling is periodic)」,つまり「周期的タイル張り(periodic tiling)」とは,ある方向にそのタイル張り全体を平行移動すると自分自身に重なるような方向が2つ存在することを指します(そのように考えている人が多いと思います).これをベクトルという用語を使って言い直すと,タイル張りが2つの一次独立なベクトルによる自身の平行移動したものと一致する場合に該当します.

 

ペンローズ・ひし形タイル

 

平面の「タイル張りが周期性を持つ(a tiling has periodicity)」とは,ある方向にそのタイル張り全体を平行移動すると自分自身に重なるような方向が2つもしくは1つ存在することにします(タイル張りが零ベクトルでない平行移動したものと一致する場合を,タイル張りは周期性を持つとします).平面のタイル張りには,ある方向にそのタイル張り全体を平行移動すると自分自身に重なる方向が1つしかない(周期性を持つが周期的でない)ものもあるということです.このような周期性を持つが周期的でないタイル張りを「subperiodic tiling」と呼んで区別している人もいますが,ほとんど使われていないと思います.

上記の定義に従うと,タイル張りが周期的であるならば周期性を持ちますが、その逆は必ずしも成立しないとわかります. 周期的タイリングの集合は,周期性を持つタイル張りの集合に含まれます.

上述したタイル張りに関する「周期的である」や「周期性を持つ」の用語・言葉の使い方で違和感を持つ人もいるかと思います.実際,私の日常的な感覚だといわゆる「周期性を持つが周期的でないタイルの敷き詰め模様」を見たとき,それを「周期的」と感じてそのような物言いをすることもあります.幾何学の知識がそれなりにある人は,「周期的タイル張り」とは「ある方向にそのタイル張り全体を平行移動すると自分自身に重なるような方向が2つ存在すること」と考えていることが多い気がします.そのため,上記で述べたような「周期性を持つ」に該当する場合を含むものを周期的タイル張りとすると,「それは周期的タイル張りの定義ではない」と言われることもあります(実際経験しています).

現在,タイル張りの研究分野でも共通認識の用語が定まっていないものがある状態です.したがって,タイル張りの話題をする場合,用語をどのように定義して使っているかの注意が必要です.

私の現在の認識では,タイル張りの研究において,周期的タイル張り(periodic tiling)とは周期性を持つタイル張りを指しています(ことがあります).とくに,「(Aperiodicに該当する)非周期的」に関係するタイルやタイル張りの話題をする場合は,上記で述べた「周期性を持つ」の性質を含めた場合を「周期的」と定義して議論をしています.

ですが,ここでは上述したように「タイル張りが周期的である」と「タイル張りが周期性を持つ」を区別したまま話を進めたいと思います.

したがって,周期性を持っていないタイル張り(タイル張りの周期が零ベクトルしかないもの)を,「非周期的タイル張り(non-periodic tiling)」と呼ぶことにします.

 

無周期的原型タイル集合

タイリングを考えるときそこに使われているタイルの形状は有限個しかないことが一般的です(普通はそのように考えます).これら有限個の図形を原型タイル(prototile)と呼び,原型タイルの集合はタイル張りを許す(平面をタイル張りする)と言います.

原型タイルの集合が「無周期的原型タイル集合aperiodic set of prototiles, aperiodic prototile set, aperiodic set of tiles)」とは,原型タイルのどれかと合同なコピーを用いて平面をタイル張りすることが無数に異なる方法ででき,かつ,そのどのタイル張りも周期性を持たないことです(注:原型タイルに属する1種類だけを用いてタイル張りしたときにも,周期性を持ってはいけない).

なお英単語の「non-periodic」と「aperiodic」はどちらも日常用語で「非周期的」として訳されますが,タイル張りの数学分野では「non-periodic」と「aperiodic」は与えられた役割が異なります(下の「補足説明」などを参照).以下ではこの区別をしやすくするために,「aperiodic」に該当する箇所を「無周期的」とします(一応「無周期的」も「aperiodic」の訳語としてあります).

したがって,無周期的原型タイル集合で平面を隙間や重なりなく被覆したものは,非周期的タイル張り(non-periodic tiling)になります.

非周期的タイル張りには,無周期的原型タイル集合を用いたものとそうでないものが存在します.(注:無周期的原型タイル集合を用いていない非周期的タイル張りは無限に存在しますが,その中にも興味深いものもあり研究されています).

これから話題にしようとしているのは,無周期的原型タイル集合を用いた非周期的タイル張りです.

無周期的原型タイル集合として有名なものは,イギリスの物理学者のRoger Penrose(ロジャー・ペンローズ)博士が考案したペンローズ・ひし形タイルがあります(下図参照).この2つのひし形を使ってタイル張りをするのですが,その敷き詰め(タイルを隙間なく並べる)方法は各タイルに課せられているタイル同士間の付き合わせ条件に従う必要があります.

 

ペンローズ・ひし形タイル

 

このペンローズ・ひし形タイルの付き合わせ条件は「タイルを敷き詰めるとき,ひし形の頂点は同じ色の頂点のみでしか集まることができなく,向きがある(矢印を持つ)辺は同じ向きのものしかあわせることができない」というものです.

下図が,付き合わせ条件に従ってペンローズ・ひし形タイルで作った敷き詰め模様の例です(同様に敷き詰めを繰り返し,平面を無限に隙間なく覆うことでタイル張りができます).この例では わかりやすくするため敷き詰め模様の図の全体も5回回転対称の構造にもしていますが,すくなくともこの図の範囲に周期性がないことが確認できるかと思います.このようにして作れるタイル張りは,ペンローズ・タイリングと呼ばれ,無周期的原型タイル集合を用いた非周期的タイル張りに該当します.

なお,上記はペンローズ・タイリングと呼ばれるものの作成方法の一例です.置換や自己相似などと呼ばれる方法でもそのタイリングが作成可能です(置換や自己相似などの方法は,タイルを1個1個並べるいわゆる「タイルを貼る」というイメージとは違うので,「無周期的原型タイル集合を用いた非周期的タイル張り」よりは「無周期的原型タイル集合を備えている非周期的タイル張り」という表現のほうがしっくりくるかもしれません).

 

ペンローズ・タイリング

 

無周期的原型タイル集合の原型タイルの形も下図のようなカイトとダート(矢じり)型のタイルやそれ以外のものにすることも可能です.詳しくは,英語版Wiki「Penrose tiling」などを参照してください.

 

カイトとダート(矢じり)型のペンローズ・タイル

 

2011年のノーベル化学賞は「準結晶の発見」に与えられましたが,その準結晶構造のモデルの1つがペンローズ・タイリングとなっています.ペンローズ・タイリングは,準結晶の発見より約10年早く数学的に発見されていました.なお,タイルの発見者であるRoger Penrose博士も2020年にノーベル物理学賞を受賞しています.

 

Einstein Problemと無周期的モノタイル

この無周期的原型タイル集合に関して,いままでに知られているものとは本質的に異なる無周期的原型タイル集合を見つけることが課題としてあげられていました.そのうちの一つは以下のような問題です.

1個の要素からなる無周期的原型タイル集合(付き合わせ条件があっても,なくてもよい)があるか?

この問題は,Einstein Problemと呼ばれています.ただし,有名な物理学者のEinsteinとこの問題は関係ありません.「ein stein」が「一個の石」という意味なので,ダジャレ的にこのような名前がつけられています(この命名は,Ludwig Danzer博士とのこと).

2011年に1個の要素からなる無周期的原型タイル集合の肯定的な解が,SocolarとTaylorによって示されています(ただし,その形をタイルとして見たとき,我々が普通に考えるタイルとはだいぶ違うためいろいろと議論があるようです).

そして,2023年3月20日に,arXivで以下のような論文が公開されました.

An aperiodic monotile https://arxiv.org/abs/2303.10798
David Smith, Joseph Samuel Myers, Craig S. Kaplan, and Chaim Goodman-Strauss

この論文は,1個の要素からなる無周期的原型タイル集合,つまり無周期的モノタイル(aperiodic monotile)が見つかったという内容です.それも付き合わせ条件がない凹十三角形のタイルです.なお,論文で主に示されているのは8個のカイトで構成された形ですが,パラメータでその形は連続的に変化できます.その内容は,論文のSection 6や

https://www.youtube.com/watch?v=W-ECvtIA-5A

などを参照してください.

また,この無周期的モノタイルで敷き詰め図を作れるブラウザベースのアプリケーションが

https://cs.uwaterloo.ca/~csk/hat/

にて公開されています.

下図は上記のアプリで作図した敷き詰め図です.

無周期的モノタイルの敷き詰め図

 

この論文は2023年4月現在プレビュー版ですから,無周期的モノタイルではないという可能性はゼロではありません.ですが,著者の一覧や論文に示されているそのタイルとタイリングの性質から大丈夫ではないかと感じます.

さて,この論文の無周期的モノタイルは「hat」と論文の中で呼ばれていますが,このhatタイルを使ったある性質に気付きました.それに関しては「非周期的タイル張りのみ可能なタイル「hat」を使った周期性を持つ敷き詰め模様のベルト」をみてください.

また,この敷き詰め内で見つけたフィボナッチ数列のことを「 非周期的タイル張りのみ可能なタイル「hat」で形成したクラスタが備えるフィボナッチ数列と2回回転対称の性質」で紹介しています.

その他に「非周期的タイル張りのみ可能なタイル「hat」や「turtle」と凸五角形タイルのType 5のタイリングの関係」や「Tile(1, 1)で作った非周期的タイル張りを3種類の五角形を使ったタイル張りに変換した結果の紹介」をまとめました.

 

 

裏返しを必要としない無周期的モノタイルの発見

2023年5月28日に,arXivで新たな無周期的モノタイルの論文が公開されました.

A chiral aperiodic monotile https://arxiv.org/abs/2305.17743
David Smith, Joseph Samuel Myers, Craig S. Kaplan, and Chaim Goodman-Strauss

この論文は,論文「An aperiodic monotile」の無周期的モノタイル(aperiodic monotile)の結果を応用したものと言えます.論文「An aperiodic monotile」の無周期的モノタイルはタイリングを形成するのに裏返したタイル(鏡映像)を使う必要がありましたが,この新しい論文「A chiral aperiodic monotile」ではタイリングを形成するのに裏返し(鏡映)を必要としない無周期的モノタイルが見つかったという内容です無周期的モノタイルが見つかったという内容です.

その無周期的モノタイルは,論文「An aperiodic monotile」で周期的タイル張りを形成すると判断された形(Tile(1,1))がベースになっています.このTile(1,1)に該当する凹十三角形は,裏返しを使うと周期的タイル張りを形成できますが,裏返しを使うことを許さないと非周期的タイル張りのみが可能という発見がありました.そして,この多角形の辺をうまく曲線にすることで,タイル張りで裏返し必要としない無周期的モノタイル(凹十四角形)が作れます(裏返しを許しても非周期的タイル張りしかできないとのことです).

なお,この無周期的モノタイルの解説(動画など含む)で,Tile(1,1)のことを「Spectres」と紹介しているのをみかけたりしますが,それは誤りです.著者達が「Spectres」と名付けた(定義した)のは,Tile(1,1)の辺を曲線などに変形した厳密にキラルな(対掌な)非周期的モノタイルのファミリーです.

概要は,著者のKaplan博士が作ったサイト

https://cs.uwaterloo.ca/~csk/spectre/

にて公開されています.

 

 

補足説明

上記の用語の定義は,非周期的タイル張りに関して私なりに以前まとめたものがベースになっています.それをまとめるにあたって,筑波大学の秋山茂樹教授から頂いたコメントなどを参考にしています.したがって,この分野での用語の認識とそれほどズレはないと思います. (広島大学の阿賀岡芳夫名誉教授にはこのページ作成でコメントを頂きました).

 

日本語だと「タイル張り」と「タイル貼り」が混同しています.意味を考えると「タイルを貼る」から「タイル貼り」が正しいと思われます.私はタイル張り問題関わったとき,参考にした文献の多くが「タイル張り」であったこともあり,基本的には「タイル張り」を使い続けています.TOTOさんのサイトによると「タイルを貼る」と「タイルを張る」としても表現としては正しく,“「貼る」は使い方が限定的なため常用漢字から外されたという背景があり、新聞などの公用な文章では「張る」が使用されるようになっています。”という背景があるようです.

 

英語Wikiなどでは「Aperiodic tiling」というカテゴリが存在しますが,この分野の第一人者であるChaim Goodman-Strauss博士(上記の論文「An aperiodic monotile」の著者の一人)は,

  • 「non-periodic」は「tiling」の形容詞として使い,「aperiodic」は「tile set」の形容詞として使う(形容する対象が異なる)
  • 「Aperiodic tiling」という用語は非常に誤解を生みやすいので原則使わない(でほしい)

と話しているようです.そこで,私も「Aperiodic tiling」という用語を現在使わないようにしています.なお,上記の論文でも極力その方針で書かれているように見えますが,他で「aperiodic tiling」と使われていることもあってか論文中に「aperiodic tiling」という用語が数カ所使われているのを確認しています.

 

上述では平面のタイル張り(平面充填)で「周期的である」と「周期性を持つ」の区別を示しましたが,高次元も考慮すると(高次元ではタイル張りと言うよりは空間充填のほうがしっくりきますが),

  • 一次独立なベクトルの数がタイル張りの対象となる空間の次元の数と一致しているとき,「タイル張りが周期的である」と言う
  • 一次独立なベクトルの数が1以上,かつ,タイル張りの対象となる空間の次元の数以下であるようなとき,「タイル張りが周期性を持つ」と言う

ことになると思います.
そして,非周期的タイル張りは周期性を持たないタイル張りなので,タイル張りの周期が零ベクトルしかないときとなります.

 

ここで「周期性」として説明したようなことは,論文「An aperiodic monotile」では「translational symmetry(並進対称性)」という用語を使っているように見えました.ここでの「symmetry(シンメトリー,対称性)」とは,ある対象の姿・形から見て取れる釣り合いや均整美などのこと(様式美)でなく,「対象を変化させない変換,あるいは,ある変換に関して不変である性質」のことです.また,上記での「タイル張りが周期性を持つが周期的でない」に該当するような場合は,論文「An aperiodic monotile」での「タイル張りが弱周期である(A tiling is weakly periodic …)」あたりに該当する気がします(ただし,定義は異なっているので注意).

 

ペンローズ・タイルの付き合わせ条件は,純粋な幾何学的表現だけ与えることができます.一方で,SocolarとTaylorによって示さタイルは,付き合わせ条件を持つものですが,純粋な幾何学的表現で与えようとするとタイルは2次元では切断されたタイルといえる形になってしまいます.そのような観点からも,今回のDavid Smithが見つけた付き合わせ条件が必要無くその形が把握しやすい凹13角形のhatタイルが大きな衝撃だったとも言えます.

 

Einstein Problemから,無周期的モノタイル(aperiodic monotile)は「einstein」や「einstein tile」などとも呼ばれているようです.

 

私が,2012年に「Edge-to-edgeタイル張り可能な凸五角形が既存のTypeと呼ばれる8つのファミリーのどれかに属す」という結果を得たとき,同時に「Edge-to-edgeタイル張り可能な凸多角形タイルには,無周期的モノタイルが存在しない」という趣旨の主張をしました(当時の論文などでの用語や表現はここでのものと違うので注意).それに該当するものは2012年に一部の方に配布していました(2015年にarXivにアップした「Tiling Problem: Convex Pentagons for Edge-to-Edge Monohedral Tiling and Convex Polygons for Aperiodic Tiling」がそれの改良版に該当します).

そして,Edge-to-edgeタイル張り可能な凸五角形関連の論文が正式にジャーナルに受理された後に,論文「Convex Polygons for Aperiodic Tiling」の掲載を目指しました.2017年にジャーナル「Research and Communications in Mathematics and Mathematical Sciences」に,その論文が掲載されました.

その後に書籍や英語版のWikipediaの関連ページなどの情報からタイル張りにおける「aperiodic」という「非周期的(無周期的)」のことの理解も進みました.そのような経験を踏まえて,このようなまとめを作ってみました.

 

 

参考文献

T. C. Hallard, J. F. Kennet and K. G. Richard, 秋山仁 訳,幾何学における未解決問題集,シュプリンガー・フェアラーク東京,1996.
J. E. Goodman and J. O'Rourke, editors, Handbook of Discrete and Computational Geometry, 1st Edition, CRC Press LLC, Boca Raton, FL, 1997.
J. E. Goodman and J. O'Rourke, editors, Handbook of Discrete and Computational Geometry, 2nd Edition, CRC Press LLC, Boca Raton, FL, 2004.
Jacob E. Goodman, Joseph O'Rourke, and Csaba D. Tóth, editors, Handbook of Discrete and Computational Geometry, 3rd Edition, 2017.

 

inserted by FC2 system